「世界に一つだけの車いす」

「世界に一つだけの車いす」
  • 福祉用具専門相談員・スペシャリスト育成プロジェクト【COLLEGE+E】責任者・日本車椅子シーティング協会認定シーティングエンジニア安部 整安部 整
  • 私たちE-LIFEの福祉用具専門相談員は、ご利用者様にとって最適な住環境を提供するという考えを最も重視しています。 単に福祉用具をお届けするのではなく、福祉用具を通じて、ご利用者様の問題解決をすることが本質です。 今回は、ご利用者様一人ひとりにとって適合する車いす「世界に一つだけの車いす」についてお伝えさせていただきます。

1:必要な動きを促すための最適なサポートと調整を実現するシーティング

シーティングとは、簡単な表現をすると、座っている時の活動性を高める支援手法です

移動・移乗や食事など、ご利用者様がどう快適に目的を成し遂げるか、というところを支援するために細かい調整が必要になります

そのため、単に車いすを納品するだけではなく、アセスメント・フィッティング(適合)を行うことがとても重要です

 

また移動するためというところと座っている時の安定性というのは、一部相反するところがあります。

ご利用者様の目的としているものを最適に効率良くサポート、調整して、提案することが、私たちE-LIFEの福祉用具専門相談員の役割だと思っています

 

椅子に座り背もたれに寄りかかると必ず前へズレる力が発生します

背中は後ろに寄りかかろうとしますが、寄りかかった分、前にズレます

 

ですので、この寄りかかる力というものを、バランスよく調整し、前にズレる回転モーメントの働きを抑えることで問題が起こり辛くなります

 

現場でよくある、車いすクッションのことを例にあげます

車いすのクッションには、車いすの座面に座った際に身体が前へズレないよう、クッションの前部が高くなっているアンカークッションというものがあります

安易に座面の前方を高くすれば身体は前へズレないという発想になりやすいのですが、股関節の角度が狭くなってしまいます

床で三角座りをすると、両膝を腕で抱えないと上半身が後ろに倒れる感覚になると思います

これは股関節の屈曲に伴い、骨盤が後傾し、身体の重心が後方へ移動する為です

車いす上でも同様に車いすの座面の前側を高くすると、重心が後方へ移動し、自分の背中で背もたれを押す動きが発生するので、どうしても背もたれを押すぶん身体は前へズレてしまうのです

座面の前側を極限に高くしてしまうと、身体は前へズレてはいないけれど、ズレる力自体はものすごく強く働きます。床ずれ(剪断力による)の原因にもなります

 

コントゥアークッションというものがあります

コントゥアー(輪郭)という意味があり、お尻の輪郭に合わせるためにお尻の形になっているのがコントゥアークッションです

 

使い方の違いでアンカーになってしまったのかはわかりませんが、アンカークッションとコントゥアークッションは意味合いが違います

 

アンカーとは、ただのせき止めということに

コントゥアーが、アンカーになってしまうことが多いのです

もちろん車いすの前側を高くすることでのメリットもあります

座面の前方を高くして股関節を屈曲位に設定すると、腹圧を掛けやすくなります

車いすバスケットボールの選手や上肢駆動など、パフォーマンスを上げるためには必要な時もあります

物事には何事にも表と裏が存在します

ご利用者様にとっての表を提案することが大切だと考えます

 

もう一点は身体との関係性についてです

脊柱の変形や脊髄の損傷など、どこの部分に障害が起きていて、背もたれの背シートで安定性を図るか、

どういうところに原因があるのか、どういうところに痛みが出ているのかというところを想定して対処することが重要になってきます

 

座位時に座骨神経痛の痛みがある方です。お尻から腿、お尻の外側に痛みやしびれが起こります

この場合、お尻から腿あたりのクッションを柔らかくしようと考えたくなりますが、最初に調整するべきことは、背シートでしっかり腰部をサポートすることです

腰椎の4番目、5番目が坐骨神経につながっていますので、背もたれ・座面の角度・座面の奥行・背シートをしっかりと調整して腰部の安定を図ることが大前提となります

この辺りの身体のことは、私たちも常に学び知っておきながら、医療職の方と相談して進めていくスタンスを心がけています

 

専門分野ではありませんが、車いすの選定・調整に関する身体のことは理解しておかないと、結果的にご利用者様にとって最適な車いすをお届けすることができず、私たちがチームの足を引っ張ってしまうことにもなってしまいます

最終的にご利用者様が解決してほしいのは、痛みの緩和であり、その後の悪化を防ぐことだと思います

その目的を果たす為に事前に調べておきたいのです

 

姿勢は、筋力・骨格以外にも自律神経に影響します

良い姿勢は、100%というものはないのですが、活動姿勢や人間が生活する上でメリハリをつけるという部分ではとても大切で、自律神経の影響で内臓機能にも影響を及ぼしてしまいます

 

ご利用者様が自覚している問題と自覚していない問題があります

内臓機能の働きが座位姿勢と関係しているというイメージは結びつきづらい為、自覚しない問題が発生してしまいます

 

ですので、私たちE-LIFEの福祉用具専門相談員が、そういうところに気付いて、提案差し上げて、一緒に考えていくというスタンスを重視しています

 

2:使いやすさと活動性を上げる力学と車輪アライメント

 

力学と車輪アライメントを知っておくことも欠かせません

力学とは、物体間に働く力と運動との関係を研究する学問のことです

 

レンチは長い方がとトルク(ねじりの強さ)が大きく働きます

 

 

同様に、車いすの車輪の半径が大きい方がトルクは大きくなります

加えてご利用者様の腕の長さやハンドリムを掴む位置によって車いすのこぎやすさが変わります

 

また、車いすの前輪のキャスターの大きさは、4インチから7インチぐらいまでが一般的です

1インチは直径2.54cm

フラットであることに越したことはありませんが、段差に対して6分の1ぐらいまででしたら、スロープがなくても段差を乗りこえられる計算です

 

具体的に言えば、車いすによく使われているインチは主に6インチ

6インチだと直径が15.24cmになります。

そして、その6分の1となると、2.54cm。

すると、2.5cmぐらいから段差解消用のスロープがあった方が楽かなというイメージです

そういった車いす力学を知っていると、ここにはスロープは必要ですよという説明がしやすい

 

また、6インチの車いすを使用している方が、自宅の中でここの段差が大変って言われる時に、実際に測ってみるとおおよそ3cmぐらいからなのです

前輪のキャスターで5インチの場合は、5インチの車輪だと直径が12.7cm

そうすると、その6分の1は2.11cm

この場合、5インチの車いすを使用している方が、2cm以上の段差になると登れないケースが多いです

しかし、1.5cmぐらいの段差だと、あまり気にされないことが多いのです

 

ですので、選んだ車いすのキャスターの直径に対して、環境を確認して、〇〇cm以上の段差がないかということを確認すると、あそこが通れないという2次障害を防ぐことに繋がります

 

このことからも分かるように、数字は正確です

 

ホイールベースにも力学の秘密が隠されています

ホイールベースとは前輪の車軸と後輪の車軸の長さのことです

 

後輪の車軸の位置と前輪の車軸の位置が遠ければ遠いほど、進む力は強くなる

これは、大きい車輪(後輪)の方に、体重がよく乗るからです

車いすには6輪のものがあり、小回りが効くように大きい車輪(後輪)と小さい車輪(前輪)が近い

その反面、ホイールベースが近いと、小さい車輪(前輪)に体重が分散されてしまうため、進む力は小さくなります。ですので、屋外用としてはとても押しづらい・・・

 

 

力学や車輪アライメントも車いすを選定する際に大切な要素です。実際に使う際に〝使いづらさ〟という点に影響がでます

また、ご利用者様自身が車いすを自走する場合、ご利用者様の活動性が下がってしまうことに繋がってしまいます

 

3:動作負担の少ない動きを覚え福祉用具を有効に使用する人間工学

ご利用者様に福祉用具をご利用いただき、動作負担の少ない動きを覚えてもらうには、私たちが人間工学を知っていることも大切です

野球を例に取ってみると理解がしやすいのですが、すごいマッチョな選手が150キロ投げられるというよりも、細くても身体がしなって140キロ、150キロ投げる選手は多くいます

力をいかにボールに伝えるかということなので、回転や指にかかる瞬間の効率性を上げる方がしっかり回転がかかって良いボールを投げることができます

 

それと同様に、福祉用具もしっかりと効率の良い動きで利用することはとても大切です

いかに重力に反して、重力に対して効率が良く利用してもらうかというところが大事なのです

 

私たちは日常生活の上で重力の存在を意外と忘れがちです

理学療法士の方からお話を聞く機会も多いのですが、動きはいかに重力に逆らうかということです

 

例えば、水泳選手は水の中では浮力が発生しているので、水中では浮力が働き、重力を感じにくくなります

ところが、陸上で生活している間は浮力がないから、重力を感じ疲れるという話を聞いたことがあります

毎日、水中で泳いでいるわけではない方にとっては重力が発生していることは忘れがちです

 

以前、ご利用者様が座っていて姿勢が崩れてしまうという相談がありました

どのくらい座っていらっしゃるのか聞いてみると、2時間という回答だったのです

座っているのは一見休んでいるように見えますが、重力に対して筋力が働いています

2時間同じ姿勢で、重力に引っ張られながら座っていて、ご利用者様自身で座り直しができなかったら、やはり姿勢は崩れてしまいます

 

当たり前のこと過ぎて忘れてしまいがちですが、重力を受けていて、重力に対して筋力が働いていることを忘れてはいけません

 

また、人間の身体の関節の可動域や、どの方向性に曲がるのが屈曲で伸展なのか、また外転や内転、外旋や内旋のそれぞれの違いとかなど、人間の身体の無理な動きなども頭に入れておくことは大切です

このあたりは、理学療法士の方の専門の領域になるため、セラピストの方と相談していきますが、私たちも目線を合わせられるよう、最低限知っておくべきだと考えます

 

例えば、車いすや椅子に座る際、足首の関節の角度はとても大切です

足首の角度を伸ばしたまま、人間は立てるでしょうか?〟

人間が立ち上がる時は、足首は屈曲位に入り、足を引いた状態で立ち上がります

足首の関節が伸展方向に固まる(尖足)ことで、立てなくなってしまうと急に介助力は増します

立位が可能であれば、車いすでトイレまで移動し、排泄介助もできますが、立位が取れなくなるとで排泄介助が大きな壁となります。移乗も同じことがいえます

しかし、この足首の角度というのは見落としがちなのです

座面の奥行や座面の高さ、車いすのフットレストの調整が重要となります

 

 

 

最後に骨盤の角度によって脊柱の根本の角度が決まります

骨盤の前後傾によってその方の身体のバランスは変わります

その方によって調整は異なりますが、本来のS字カーブのような生理的な湾曲を保てるように車いすの座面の角度や背シートでサポートします

 

骨盤が後ろに倒れてしまうとすべてが倒れてしまうのは、腰仙関節と仙腸関節の間の可動域がほぼないからです

骨盤の後傾の影響により、高齢者の方の場合は脊柱が変形していることも多いです

その方の体形や症状に合わせて調整することで、進行や悪化を予防することはできます

 

姿勢というのは、その人によって変わります

活動する姿勢と楽な姿勢もその人によって変わります

 

4:大事な「呼吸・摂食・咀嚼・嚥下」

生命活動に影響する「呼吸・摂食・咀嚼・嚥下」

呼吸の中でも、空気を吸う時に胸を張る最大吸気姿勢と、吐く時に丸める最大呼気姿勢という動きがあります

同じ呼吸の動きですが全く異なる姿勢です

姿勢によって肺の動きをサポートする筋肉の動きが変わります

その為、車いすの背もたれの角度や背シートの調整で呼吸のしやすさは変わります

 

呼吸や摂食、咀嚼や嚥下などの一つひとつの目的によって、姿勢が変わります

単に車いすをご利用者様に持っていくだけでは良いサービスを提供することはできないのです・・・

 

誤嚥性肺炎など、嚥下機能低下によりリスクが高まってしまう問題も同じです

どうしても年齢とともに身体機能は低下してしまいます

そこを福祉用具の力と私たちの経験でリスクの軽減やサポートしたいと思います

 

肩甲骨と嚥下の関係

肩甲骨のポジションニングを安定させることで嚥下がしやすくなります

舌(舌骨)と肩甲骨は筋肉が繋がっているからです

もちろん頸部の角度も大切になりますし、ベッド上で仰臥位になる際は腕の重さで肩甲骨のポジショニングが不安定になりやすいです

ベッド上などで肩甲骨のポジションを調整するだけでも効果があります

このように車いす上やベッド上でのポジションニングも福祉用具でサポートすることができます

 

 

世界に一つだけの車いす

私たちE-LIFEの福祉用具専門相談員の仕事は福祉用具を通じて、ご利用者様の課題を解決することです

そして、力学や車輪アライメント、人間工学などを常に学ぶことで、ご利用者様と一緒に問題解決をしていくことに繋がります

 

福祉用具の「物」だけではなく、アセスメント・フィッティングを行い問題解決することができます

 

そして、ご利用者様が一緒に考えてできたことで生まれる信頼関係や喜びがこの仕事の醍醐味です

仕事への姿勢がご利用者様の意欲的なところにもアプローチできると良いなと思います

 

ご利用者様やご家族からも「こういうふうにやってもらえるんだから頑張ろう!」って思ってもらえることが、大切だと思います

 

ご利用者様の身体・環境はすべて異なります

その時の状況と目的に合わせて、しっかりと調整、シーティングする

ご利用者様一人ひとりが、まったく同じフィッティングになることは絶対にありえません

既製品の車いすであっても、背中のシートの形はご利用者様に合わせて必ず変わってきます

 

車いすご利用者様にとって「世界に一つだけ」の存在になります

 

著者

安部 整 福祉用具専門相談員・スペシャリスト育成プロジェクト【COLLEGE+E】責任者・日本車椅子シーティング協会認定シーティングエンジニア

1989年 東京都大田区生まれ。 前職から福祉用具営業に従事し、福祉用具の選定には人間工学や医療の知識など、様々な要素が大切と気づき、自己研鑽する。 現場対応に加えて、介護・医療・人間工学・力学なども学び、より適切な福祉用具の選定に根拠と自信を持つ。 現在はそのノウハウや知識を会社全体での育成の仕事を行いながら現場も回る。

福祉用具専門相談員・スペシャリスト育成プロジェクト【COLLEGE+E】責任者・日本車椅子シーティング協会認定シーティングエンジニア安部 整